BLOG OF MY DAYS

群馬の学校の事 昔話1

*この記事は以前書いた記事を再編集して載せ直しています。

この新しいホームページに我が母校の続報を載せていたなかったので載せることにしました。以前書いた記事はこちら

何と群馬のサーカス学校が再開することになりました!やったー去年全国のOBであつまって公演したり宣伝したかいがあったかな?うれしい!

去年の7月で生徒数が減少し一時休校・・・ということになってしまったのですが、半年で奇跡のカムバックを果たします。世界、日本で活躍する数々のプロエンターティナーを輩出したこの学校。気になる方、未来のエンターティナーになりたい方、トイザらスに売ってるマジックを連発してる芸人はどうかと思ってるそこの君、パクられにくい真の技術を身に着けようとは思わないか?学校のホームページをクリックしてみてみよう!!

ちょっと昔話をしよう。

俺がこの群馬の学校にはいったのは2001年の4月・・・99年ごろからヨーヨーでつながっていた斉藤エースケを誘って体験入学にいってみた、そのころはジャグリングはじめて2年目で5クラブがちょっとできだしたかな?くらいのレベルだった気がする。

アクロバットの経験は一切なし!今はバリバリやってる倒立能力も一切なし!コミュニューケーション能力も一切なし!ただのジャグリング好きな少年だった、2-3日体験入学して半年後の入学を決意、確か入学して半年くらいはエースケ以外とほとんど会話してなかった気がする。

この学校は半端なく田舎にあり、入学して数か月してこれはほとんど軟禁状態なんじゃないか??と思ったりもした、グーグルマップで確認するとちょっとひくと山しか映らない。最近改めて確認してすごいところにいったものだと思った笑 海辺で育った俺はこのスーパー閉鎖的で山に囲まれているせいで空も少ししか見えない環境はストレスだった、水平線などどこにもないのだ。はじめて親元を離れたのでホームシックになって天井の木目を数えたりもした。

学校をさぼりまくったりいろんなもめ事を起こしていた俺だったがウクライナからきてくれたいたナージャ先生の指導により3か月くらいで倒立を習得し、半年くらいでシンピ倒立といわれる技を習得した。タンブリング(バク宙とかそういうやつ)はあまり上達せずに腰を痛めたりもした。倒立の方面にだけやたら才能があったようだ。ルービックキューブもそうだけど、俺は才能があるやつとないやつの開きが激しすぎると思う。

半年間も特にしゃべらないし、さぼるくせに辞めもしない俺だったけど先生の指導は厳しくも優しく響いた。マジでさっさとここを抜け出して―と思ったが海外にいくには俺にはここでがんばるしかなかった。今の若い子には信じられないだろうけど当時はyoutubeもfacebookもなかった。今みたいに言語が堪能なわけでもない。やめるわけにはいかなかったしすがるしかなかった。

俺にはジャグリングをすること以外、できる事は何にもなかった・・・。

続く

 

 

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